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2008年大みそか、この日はオール鈍行で根室を目指します。「はまなす」から札幌駅に降り立った僕は早速トイレで歯を磨きその後駅前のサンクスへ食料の調達。今回は経費削減のため食費は大幅カットの旅です。駅弁は帯広での豚丼のみと決めております。6時58分、滝川行き普通列車で滝川を目指します。窓の外は雪。年末に北海道に来ることは何度もあったけどなんだか今日は雪が多いような気がする。さて車内での僕はというと4人掛けのボックス席で足を伸ばしてのびのびモード。がらあき電車での自由な一人旅を満喫しておりました。僕の席の前には大学生っぽい5人組がにぎやかに談笑しておりました。「いやー楽しそうだなぁ」と彼らの話に耳を傾けてるとどうやら滝川で乗り換えて釧路まで行くもよう。「今日一日の旅の友ですな」と勝手に旅の友にする。今日は乗り換えが2回だけ。列車からぼーっと外を眺め寝たい時に寝て読みたい時に本を読むというスローな一人旅の醍醐味ともいえる至福の時を過ごすのだ。滝川までは岩見沢近辺で少し太陽が出たほかはひたすら雪だった。8時39分、定刻に滝川到着。乗り換えまで1時間ほどあるけど今までの経験上入線と同時に乗り込まないと席の確保が困難。入線時間を確認して駅前を散歩。いつもなら待合室のとこにあるうどん屋でうどんを食べてるところですが今回は我慢。駅前の元西友の周りをぶらぶらしてると皆さん雪かきをしていらっしゃる。除雪車も3台ほど稼働してました。さて釧路行の入線時間が近づいてきたので駅へと戻る。さっきの学生5人組も改札前で待ち構えてる。そして入線。予想通り1両編成の座席はあっという間に席があっという間にふさがる。しかし僕は順当に席ゲット。発車時間をわくわくしながら待つ。滝川発釧路行きのこの列車、利用するのは今回で3回目。初めてこの列車に乗ったのは今から15年前、まだ僕が高校生の頃。その年の春に初めての一人旅を決行し(18キップを使っての九州一周の旅。前述の京都―小倉ムーンライト立ちっぱなしの時)一人旅の魅力にはまった僕はその年の夏には18キップで北海道に行くことを決意したのでした。その時利用したこの列車のことは今でもよく覚えてます。ず~っと山、原野、酪農地を走っていて帯広近くでやっと普通の家々が見えてきたときになんだか安心したこと。その後、原野みたいなところばかりの景色からいきなり僕の目に飛び込んできた音別付近の太平洋に心の底から驚いたこと。真夏だったのに釧路の街は肌寒くてびっくりしたことなど。特に自分的には音別付近でいきなり目の前に開けた太平洋の景色ははっきりと目に焼き付いています。前夜の夜行快速では寝ずにずっと窓の外を見ていたこと、ずっと続く原野の景色、そして帯広で食べた豚丼でお腹が満腹だったこと・・・等などいろんな状況が重なってうつらうつらしてた僕はこの原野の景色がず~っと釧路まで続くんだろうなと思っていた。どの辺を走っているのかも全然気にしてなくてずっと内陸部を走ってるもんだと思ってた寝ぼけ眼に飛び込んできた海はほんとに意表を突かれたし、なんだか寂寥感あふれる北の海は僕の心にドドーンと突き刺さった。北海道にはまったのもこの列車に乗って、見て、そして感じた北海道の景色が大きく影響してるんだと思う。
22時42分、急行「はまなす」は札幌に向け出発。通路やデッキには席にありつけなかった人たちがあふれておりました。函館で降りる人もいるのだろうけどほとんどの人が札幌まで行くんだろうなぁ。いやー修行だな、これは。僕もその昔、初めてひとり旅に出た16才の春休みにムーンライト九州のデッキで京都から小倉までほぼ立ちっぱなしという地獄のような経験をしたことがある。当時の夜行快速は現在と違い全車指定席ではなく(ムーンライトえちごだけは全席指定。ちなみにムーンライトながらはまだ大垣夜行と呼ばれていて全席自由。ん?グリーン席はあったかな??ま、細かいことは置いといて18キップのシーズンともなると始発の品川駅では座席確保のために長~い行列ができたもんだ)広島の田舎もんだった僕は「あんな深夜に走る電車なんてガラガラに違いない!!そうに違いない!!」と信じて疑わず発車ギリギリまで京都の街をうろうろしておりました。発車間際にホームに向かった僕は通勤ラッシュのような列車を見て愕然。列車には立ってる人が通路に入りきらずデッキにまでもあふれておりました。なんとかデッキには潜り込めたものの完全なるおしくらまんじゅう状態。途中岡山あたりで「荷物を一か所に集めて空いたスペースに15分交替で座ろう!!」と言う人が現れてみんなで「そうしようそうしよう」となったものの如何せん人が多すぎてなかなか順番が回ってこない。で、2回くらい座ってわずかに寝たものの小倉に着いた頃はヘロヘロ。途中で耐えきれなくなって厚狭で降りた人も何人かいた。そんな経験もしてたもんで立ってる人のしんどさってもんがヒシヒシと伝わって参りました。しかし無事座席を確保した僕はお構いなしにそっこー爆睡モード。函館までの間で寝ぼけまなこに記憶があるのは蟹田の運転停車、青函トンネルのいちばん深いとこ(トンネルのライトが緑に変わるとこ)くらいで後は気持ちよく寝ておりました。AM1時、函館到着。ここで青森からの電気機関車からDD51にバトンタッチ。いつもなら機関車交換を見に外へ出るところ「今日は眠い。寝よ・・・」ということで車内でまどろんでいたもののふと外を見ると結構な数の人たちが機関車方向へ歩いていらっしゃる。それを見ると「うむむっ、オレも行かねば!!」と変な焦りを感じカメラ持参で結局お外へ。ひとしきり撮影すると心は安らぎ再び夢の中へ。進行方向を変えた列車は札幌めざし函館を出発。途中長万部に停車したことなど全く気付かず東室蘭、苫小牧、南千歳と停車駅ごとに目は覚めるものの頭は完全におやすみ状態。札幌に到着するまでホントに気持ちよく眠ることができました。そして定刻のAM6時7分、終点札幌に到着。2008年最後の朝を札幌駅で迎えるとこととなりました。 続く!!
話になったこの列車を今一度シャッターに納めておきたかったのであります。ちなみにこれまで僕はニコンのフィルム1眼レフカメラ「U」を愛用しておりました。超入門者用の1眼レフですがこいつとは8年寄り添いいろんな所に行きました。デジカメ全盛の昨今においても「へっ、デジカメなんて所詮電化製品よ。カメラはやっぱり銀塩に限る!!」と本気で思ってたのですが年々縮小されるフィルム売り場、勢力をますます増大させるデジカメ売り場を見るにつけ「デジイチってどんなんやろ??」と気になっていたのも確か。コンパクトデジカメは持っていて便利さは実感しておりました。そして昨年10月、D300を購入しました。ホントを言うとDXフォーマットではなくフルサイズのD700が欲しかったのですがさすがに25万を超えるカメラに嫁のOKは出ずD300を購入と相成りました。そして今回の旅は我がD300の本格的なデビュー旅なのです。これまでは近場での練習撮影ばかりでしたが今回こいつを野に放つ時がやってきたのです!!青森駅でのはまなすも思い残すなく撮影することができました。 と、こんな感じで青森までやってきました。そしていよいよ北海道へ。続きはまた今度!!
土曜日です。土曜の夜と言えばサンテレビ「走る男」&「水曜どうでしょう」。いつもこれ見ながらビールにつまみ。そして酔っ払ってそのまま寝るっつーのが去年までのいつもの土曜。しかし去年の年末の健康診断で1年間で体重6キロ増の体重70キロ越えを達成していたことが判明。それ以降夜のビール&つまみは自粛してます。ところで年末から年始にかけて北海道行ってました。8年連続21回目の北海道です。16才の夏に初めて行って以来、僕の心の中にはいつも北海道の風景が活き活きと色付いております。ところで僕の旅の基本スタイルは貧乏バックパッカー型。社会人になるまでは飛行機なんかで行ったことはなく常に「青春18きっぷ」。飛行機を使い始めたのはここ2,3年のこと。そして今回は夜行バス、JRの「北海道東日本パス」、フェリー使用という僕本来の形の旅でした。
12月29日夜、仙台に向け一人出発!!(嫁は子ども連れて実家) てゆーかこの日、ホントは仕事休みの予定でありました。2ヶ月前から会社の人に「12月29日は休ませてくれぇ~。その代わりその間2倍気合い入れて働くからよぅ~」と言い続けていたものの立場上どーしても休めなくなってしまいおかげで「年末は山と北海道!!」プロジェクトは山の方がブッ飛んでしまいました。去年は年末は北アルプス蝶ヶ岳(強烈な低気圧のため途中の槍見台で撤退)&北海道という理想通りの休みだったのに・・・。ところで今回なぜ故夜行バスで仙台かというと日本百名山完登とともに人生の目標であるJR全線完乗のためであります。つーかこっちの方はほとんど終わっていて残すところは石巻線、気仙沼線、大船渡線、山田線、岩泉線の三陸の5線。しかし西日本の人間的にはなかなかつぶしにくいエリアであります。それでも乗りつぶそうと思えば3日もあれば乗りつぶせます。JR東日本の3連休パスとか使って乗りつぶしオンリーの旅に出りゃすぐ乗れます。学生時代は北海道なり九州なり旅に出るときにはそのついでに乗ったことのない路線を乗りつぶし、それ以外にもただ乗りつぶす旅にも出てました。でもなんちゅうか乗りつぶすためだけの旅に虚しさみたいなのをおぼえてそれ以降乗りつぶしオンリーの旅には出なくなりました。社会人になっての8年で乗りつぶした路線は仙石線、陸羽東線・西線、北上線、田沢湖線、釜石線、八戸線の7路線。学生時代に残した東北の各線を焦ることなくのんびり乗りつぶしてます。・・・おっとまた前置きが長くなったな。
今回のルートは仙台から小牛田経由で石巻・気仙沼線直通の快速「南三陸1号」で気仙沼。そこから大船渡線・三陸鉄道南リアス線を通り釜石へ。そして山田線を乗り通し盛岡からいわて銀河鉄道・青い森鉄道・東北本線を乗り継ぎ青森までの「鉄」分たっぷりののんびりローカル線の旅。石巻線・前谷地ー女川間、大船渡線・一関ー気仙沼間を乗り残すもののまぁこいつはしょうがないと諦める。しかし2008年はアホみたいに山ばっかり登ってたから久々の乗りつぶしの旅ですわ。
まず梅田を出たバスは仙台めざしひたすら東へ。東名を走るのかと思いきや米原からは北陸道へ。「ほぉ~そう来たか」と思いつつ夢の中へ。途中雨ザーザー振りだったことと富山とか新潟のへん通ってたような記憶があるもののあとはほとんど寝てました。仙台へは予定よりおよそ1時間早い7時半過ぎに到着。「こいつはもしや乗り残し区間の石巻線・前谷地ー女川間を乗りつぶせるか?!」と鉄のバイブル「JTB時刻表」(大判)で時刻を確認。残念ながら女川まで行ってしまうとその日のうちに青森までたどり着けないことが判明。それならばと今度は第3セクターの未乗線「仙台空港鉄道」で仙台空港往復を目論んでみるもこれをやってしまうと仙台8:51発の快速南三陸1号に乗り遅れてしまう。結局1時間早く着いたというアドバンテージも何の役にも立たず仙台駅で1時間余りの列車待ちをしたのでありました。 という感じで今日は結局仙台出発するとこまで行かんかったなー。 では続きはまた次回!!!
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