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2008年12月23日
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昨日仕事の帰りに梅田の石井スポーツ(IBSのほう)に行ってきました。10月25日をもって閉店と思いきや先週ダイレクトメールが届いて新生IBS石井スポーツの誕生を知りました。やっぱあんな大きいとこ周りがほっとくわけないんだなぁとなんだか嬉しかったです。さて生まれ変わったお店のほうはいうと黒を基調としたとてもおしゃれなお店に変身していました。結局何にも買わずに帰りましたがとりあえずメンバー登録だけはしときました。その際に「名古屋とか横浜も復活なんですか??」と聞くとなんと両方とも復活に向けて動かれているとのこと。いやーよかったよかった。とりあえず僕が勝手に決めた梅田界隈の山の店四天王(モンベル・好日・ロッジ・IBS)は安泰だ。
ところで明日は六甲山の全縦大会。まだこないだの山行の日記も書いてる途中なのに山行だけがどんどん詰まっていく・・・。明日の目標ゴールタイムは19時。3年前は14時間半かかって20時半。一昨年はじん帯痛めて泣く泣く辞退。去年は15時間・・・。歩くのが遅いとはいえこんなに時間がかかっているのは途中の休憩時間が長いから。原因はわかってる。でもホントしんどいんだよね。明日はなるべく休まないで歩こう。
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こないだ南アルプスの仙丈ヶ岳(3033M)に登ってきました。とはいってもすでに2週間前の話なのですが・・・。10月31日午前8時、仙流荘発北沢峠行きのバスに乗り込み仙丈ヶ岳山頂を目指しました。出発前の天気予報は31日から11月3日まで曇りと雨マークばかり。つーか寒気が流れ込んでくる影響で天気は大荒れにある模様・・・とTVの予報はゆーとりました。しかしこの日の天気は快晴。次の日は雨マークだったんでこの日だけでも晴れてくれてよかったという思いで北沢峠に到着。シーズンオフなだけに登山者なんてほとんどいないと思いきや仙流荘のバス乗り場の駐車場にはかなりの数の車が止まっており、僕が乗った北沢峠行きのバスにも登山者は結構乗ってました。北沢峠を出発する前にトイレに行ったりいろいろちんたらしてる間にバスから降りた人たちはだーれもいなくなり一人寂しく登り始めました。登り始めてすぐ上から下りてくる2人組とすれ違いその後は一人で登っていましたが途中で後ろから来た人に追い抜かれました。「やっぱオレって歩くの遅いのかな~。つーかあの人どこから来たんだろ。長衛小屋からか?」とか思いつつ今後の予定を考えてました。一応今回の予定は31日に仙丈ヶ岳に登頂後、頂上直下にある仙丈小屋に宿泊。翌一日に下山しその足で美ヶ原へ。その日の晩は穂高町の道の駅で就寝。2日は一の沢林道の終点ヒエ平から常念岳に登る予定でした。しかしこのままの予報でいけば常念は確実に雪。一応雪山装備はあるものの愛車の装備は常夏使用。山の上だけ雪が積もるなら対処できるものの麓まで雪が積もるようなら完全にアウト。それなら仙丈ヶ岳を日帰りで登り、翌日これまた日帰りで甲斐駒ケ岳(以後「甲斐駒」)に変更しちゃおうかなと。北アルプスは雪でもこっちはすこし南なぶん雪は積もらないんじゃないかと考えたもので・・・。美ヶ原と常念は天気と相談しながら決026.JPGめればいいかなんて考えながら登っておりました。途中大滝ノ頭まで来たとき木々の間から頭を雪で真っ白にした北岳が。後ろを見ると甲斐駒もきれいな姿を現していました。この日はホントに登山日和で他にも間ノ岳、鳳凰三山、そして富士山など山好きにはたまらんほどの大パノラマを堪能できました。小仙丈ヶ岳まで来ると後ろから結構な数の人たちが登ってくるのが見えました。どうやら北沢峠からから2合目まで僕が登ってきたのと違うルートでみんな登ってきたみたい056.JPGでした。このまま日帰りで降りてしまおうかととばしながらここまで登ってきたのですがこの景色を見てしまうと一気にペースダウン。天気がいいと写真タイムが増えるんでこいつはしょうがない。次の日の天気は悪いとわかっているだけにますますペースは遅くなる。結局この日下山することはあきらめた。16時のバスに間に合わすためにぶっとばして登るよりもゆっくりとこの景色を楽しみながらゆったり登ることにしました。ゆっくり景色を堪能し写真を撮り、後ろから何人にも抜かれながら仙丈ヶ岳山頂に到着しました。少しかすんでいるところはあったもc67175cd.jpegのの天気はよくとても気持ちのいい時間を過ごせました。その後今夜のお宿、仙丈小屋へ。この日の宿泊者は8名。睡眠不足でなんだか眠くなったのでご飯を食べてから6時過ぎに早々布団の中へ。宿泊者と小屋の人たちとのおしゃべりを聞きながら気持ちよく眠りにつきました。
剱岳の山行を無事終えてひと月あまり。10月30日の夜から再び山へ向かう事としました。行き先は南アルプス仙丈ヶ岳。そして前回登ることなく撤退してしまった北アルプス常念岳。はじめ仙丈ヶ岳はおまけ的感じでせっかく高い交通費掛けて出かけるんで常念だけじゃもったいないという事で考えた結果この時期でも登れる100名山という事でチョイスしました。当初、本命の常念岳に登頂した後おまけの仙丈ヶ岳に登る予定だったのですが仙丈小屋の営業が10月31日までという事でこちらを先に登ることになりました。しかしこれが後からいろいろと影響を与えることに・・・。そのへんはまた次の講釈で。

無事剱岳の山頂に立てたものの下りのことを考えると山頂で飯を食う気にもならずしばらく佇んだ後早々に下山することに。さっそくこの山行最大の関門、カニのヨコバイへとさしかかりました。が、ここでもやはり渋滞が。まぁかの有名なヨコバイなんでこれもしょうがないかなと思ってました。オレの後ろのおっちゃん曰く「ヨコバイから先に向かってる人が全然見えないだろ。こういうときはヨコバイで誰か固まって動けてねぇんだ。」
つーかこいつは人事じゃない。もしかしたらオレが渋滞の原因を作ってしまうかも・・・。そう思いながら自分の順番を待っていました。すると・・・「落ちた!!!!」という叫び声が。自分のすぐ前で人が滑落しました。いつかはこんな場面に遭遇するかと思ってはいたものの正直血の気が引きました。手に力が入らん。オレの後ろにいたザイルを持ってた人たちがヨコバイの下へと降りていくのを見ながら「どうしよう・・・」。はっきり言ってここは通りたくない。かといってタテバイを降りるわけにはいかないし早月尾根を降りるにしてもここだって決して簡単なルートではない。それに剱沢にテントをはじめいろんな荷物を置いている。こうなるとどうしてもヨコバイを通過しなくてはならない。
滑落した方のほうはレスキューは呼んだもののなかなか来ず。しばらくヨコバイの渋滞は動きませんでした。しかしヘリが来るとものすごい風が吹き荒れるのでこんな岩場にいると危ないという事でやっと渋滞が動き出しました。そしてついにオレの番。もう必死でした。最初の一歩さえ決まれば後は大丈夫というガイド本のとおり最初の一歩が難しかった。でもなんとか無事に通過できました。しかしここから先も断続的な渋滞が続きました。とにかく岩場・鎖場がずっと続くのでそのたびに一々渋滞しました。後ろのおっちゃんは「日本一渋滞するルートだからしょうがない」
徐々にヨコバイからは離れて行くものの滑落の現場からは落ちた方の旦那さんと思われる方の「〇〇子、がんばれー!!!」という叫び声が聞こえる。それが徐々に涙声に変わり最後は「〇〇子ー!!」と悲痛な泣き声へと変わっていきました。聞いているこっちもいたたまれなくなりました。結局ヘリが現場に到着したのは滑落してから一時間以上たってから。オレはだいぶはなれた鎖場を降りていましたがそれでもヘリからの風で小石やらなんやらが飛んでくる。ヘリの風は強烈だ。ヘリはあっという間に滑落された方を収容し現場を離れていきました。そして気持ちを切り替えてキャンプ地の剱沢を目指しました。気持ちはずっと張りつめっぱなしだったけど何だか高度感が麻痺してきて少々の鎖場なら「こっから落ちても死にはせんわな・・・」とか思うようになってきた。とにかく下を見たりいろいろ深く考えたりしないようにしてなんとか一服剱までたどり着いた時には「あーやっとここまで帰ってきた・・・」。眼下に剣山荘が見えた時には心底ほっとした。剣山荘まで降りると牛乳飲んで一息入れた。あとは剱沢まで普通に歩くのみ。テン場まで戻って来れた時には「あーオレ、生きてるわ」ってホント何時間ぶりかに肩の荷が下りたという感じに。渋滞とか滑落事故とかいろいろなことがあって往復にかかった時間は8時間ほど。体力的にというよりも精神的に疲れました。とりあえずテントに倒れこみました。その後飯食ってこの日も6時前にはシュラフに潜り込みラジオを聴きながらうつらうつらしてました。7時のニュースで滑落事故のこともやってました。滑落されたのは水戸から来られた59歳の女性の方で夫婦で来られてたそうです。亡くなられたということでした。
DSC_8053.JPG翌日、この日も快晴。朝飯を食ってテントを撤収。この日は立山三山を縦走して室堂までの予定だけど何だかこのテン場を離れた時点でこの山行が終わったような気持ちになりこの日も朝の天気は快晴
なんだかさみしくなりました。別山、真砂岳と通過し大汝山にさしあたるあたりからガスが出てきました。その後は晴れたり曇ったりをくり返したものの午前中のようなスカッとした青空には戻りませんでした。そして室堂に到着。翌日は常念岳に登る予定でした。しかし天気は下り坂にむかうと前日夕方の予報からず~っと変わらずだったので考えぬいた結果今回は撤収することに決定。出発前の予報はこの連休はすべて晴れマークだったのに・・・。山の神様はやさしくないな~。室堂からバス・ケーブルカーを乗り継ぎ立山駅近くの駐車場まで降りてましたが途中、折立から室堂まで一泊二日で歩きぬいたすごい人と出会ったり、紅葉シーズン真っただ中ということで美女台でケーブルを一時間近く待たされたりいろいろあったけど今回の山行も終わりを迎えました。常念をあきらめなければならないという何ともやりきれない思いで車を川西へと走らせましたが、川西に戻るまで雨なんて一粒たりとも降らず前回の富士山をあきらめた時のようなやりきれない無念な気持ちいっぱいのまま帰宅の途に就きました。
剱岳3回目です。9月20日、この日ついに剱岳アタック決めて参りました。前日は6時過ぎにはテントにもぐりこみそのまま睡眠態勢へ。しかしテント泊で熟睡ってあんまりできないんですよね~。終始うつらうつらしておりました。深夜1時過ぎ、周りのテントからは早くもごそごそ動き出す人たちが。2時半ごろトイレに出た時に剱岳の方向を見ると一服剱に向かってヘッドライトの列がぞろぞろと連なっていました。「すげーなー。こんな早くに出発したらタテバイ登る時もまだ真っ暗だろうなー。」などと感心しながら再びまどろんでいました。ちなみに満天の星空でした。早朝6時。前日の夕方から寒いな~と思ってたけどテント内の気温は5.8度。外は何度かなと愛用のプロトレックをテントの外にしばらく置いてみると気温は2.8度。ダウンジャケット持ってくればよかった・・・。周りが続々と出発していく中、のんびりと朝食をとりちんたら出発の準備。今日の予定は剱岳のピストン。今夜もこの剱沢のテン場に泊まる。7時過ぎ、やっとこさ出発。天気は今日も快晴。寒かったので半そでシャツ、ベストの上から雨具を着て出かけるものの剱山荘に着くころには早くも暑くなったので雨具は脱ぐ。剱岳に向かっているという緊張感はあるものの前日剱沢小屋の前から綺麗な剱岳をじっくり眺めて感動して以来なんだか恐怖心は幾分和らいだ。問題はタテバイとヨコバイだけだ・・・と自分に言い聞かせ前へ前へと進んでいきました。問題なく一服剱を通過し前剱へ。どんどん剱岳が近づいてくる。ガイド本なんかでは岩場が続くとかなんとか書いてあったけど特に難しいところもなく「あれ??岩場とかってもう通り過ぎたのかな?」などと思っておりました。ところが前剱を過ぎたところから雲行きが怪しくなる。「むむむ!!なんだあれは?!」。前方には荒々しい岩場が。つーか岩場って一部だけでなくそこから先、ずーっとすんごい岩場。少々心細くなりながらも先へ進む。道はどんどん険しくなる。そして気絶しそうになったのは平蔵の頭付近。鎖のついた岩場をトラバースするところがあってしかもそこにとりつくまでに幅が5,60センチくらいしかない極狭の脚立みたいなアルミの渡り板があるんだけどこれを渡るのがまた恐ろしい!!「うぅぅ・・・とんでもないところへ来てしまった・・・。」思わず引き返しそうになったもののそこに着くまでの道もそこそこ険しかったんでそこを引き返すのも気が重い・・・。つーかここまで来てビビって帰るなんてヘタれ過ぎて自己嫌悪に陥るのは間違いなかったので意を決して山頂を踏むことを決意!!そこのトラバースはちょっとした渋滞になっていたもののついに僕の番がやってきた。「よし行くぞ!!」渡し板に向かって一歩踏み出したのだが「どぉぉぉ~やっぱり怖すぎるー!!!」  くるっと後ろを振り返り後続の人に「どうぞ、先行ってください!!!」  後ろの人は「どうしたの?写真でも撮るの??」と聞いてきたけどそこは正直に「いやいや、ちょっと気持ちの整理が・・・」その人は笑いながら先に行ってくれた。とりつくまでは「こわいな~」って言ってたけどとりついた途端「なんだ、けっこう余裕」なんておっしゃるので僕も意を決して岩場に取り付く。なるほど、はたから見ると死ぬほど恐ろしいけど実際取りついてみると鎖も足場も案外しっかりしてる。しかしまかり間違っても下だけは見まいと心に決め見事通過。後ろから来たおっちゃんには「こんなとこでビビってたらタテバイは登れんぞ!!」とか言われながらもなんとかわたりました。しかしこの辺から落ちたら絶対死にます的岩場と鎖場の連続。平蔵のコルの鎖場も乗り越えタテバイへと向かう。遠くから見ても渋滞してるのが分かる。タテバイまでも離合不可能なほど狭い岩場を通過しついにタテバイの直下に到着。いやー改めて恐ろしい!!つーかここまでのルートを振り返ってみても「これが一般ルートなのか?!」と思ってしまうような激しいルートなのである。このタテバイで30分ほど待たされてその間一生懸命気持ちの整理をしてついに僕の番がやってきた。いま思えば途中で一枚くらい写真とってりゃよかったなってP1020665.JPG思うけどこのときはそんな余裕全然なかった。3点確保なんて完全に無視。腕力任せで登ってました。必死の形相で。登りきった後も「いや~登りきったー」なんて充実感なんてもんは全くなく頂上につくまで気持ちは緊張しっぱなしでした。そしてその後も無事に進みついに剱岳の頂点へとたどり着きました。しかしこれまでの山ならば「やったどー!!!!」という達P1020679.JPG成感というか充実感みたいなものに満たされるはずなのにこの山に限ってはそんな気持ちは全然わきませんでした。下りのことを考えると気持ちが重くて重くてしょうがない。前剱からここまで安心できる平地ってのが全くなく気持ちは緊張しっぱなし。しかも下り始めてすぐにはP1020690.JPG最大の難所「カニのヨコバイ」が待ち構える。気持ちは張りっぱなしなのでした。
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男性
誕生日:
1977/09/23
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さらりーまん
趣味:
登山 自転車 旅 鉄道
自己紹介:
登山、ロードバイク、一人旅が趣味の37歳。メタボの泥沼からなかなか脱出できないがそれは自分の意志の弱さだとようやく気がついた。最近は「食べるな動け!!」をモットーに脱メタボを目指す。
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