2008年12月23日
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新青森に到着。1つ1つの車両の乗客はそれほどでもなくてもそれを寄せ集めるとそれなりの人数になる。改札に向かう人の数はそれなりに多かった。
在来線ホームに降りる。22時29分、青森方面・弘前方面の列車がほぼ同時に入線してくる。帰省客が大勢いるのでホーム上は非常ににぎやか。
22時32分発の弘前行きを見送り、22時33分青森行きの列車は定刻に発車。これなら問題なくはまなすに乗り継げるだろう。まぁ少々遅れてもはまなすは出発を遅らせるだろうけど。
22時39分、青森到着。乗り継ぐはまなすは同じホームの向かい側。はまなす発車までわずか3分。いそいで一通りの写真を撮る。このはまなす、これまで何十回と乗っている。当然写真も何十回と撮っているんだけど昨年事件が発生した。これまで撮りためた旅や山の写真は外付けのハードディスクに保管していたのだが昨年の2月に
下のチビがハードディスクをさわって床に落下。なんとハードディスクを破壊してしまったのである。これはマズイとデータの復旧会社に送り付けたところ修理費用は35万。めまいがしてぶっ倒れそうになったがこれだけはなんとしてでも復旧せねばならん。僕の写真だけでなくチビ達の生まれてからこれまでの写真も保存しているのだ。しかし後日データ会社から「傷が深すぎて復旧できん」との連絡が。向こうも一度できるといった以上何とか復旧したいからハードディスクを預からせてほしいということで預けているんだがいまだに復旧できていない。つーか僕的にはもう9割方あきらめている。しかし旅や鉄道の写真もそうなんだが何よりも山の写真が吹っ飛んだのが非常に痛い。百名山の証拠として登ったすべての山の写真を撮っている。しかし今回の件でここ4年くらいで登った山の写真がすべて消えてしまった。この中には剱岳のものなんかも含まれている。写真だけ取るためにもう一度こいつら・・・つーか剱岳に登るのかと思うと非常に気がめいる。今はそれだけのためにもう一度登りなおす気にはならない。もう金の問題じゃない。なんとかデータを復旧してもらいたい。
話を戻す。そういう事情で今ははまなすの写真が一切残っていない。しかも新幹線が新函館まで伸びればこのはまなすはおそらく廃止になると思われるので今のうちに写真を撮っておかなければならないのだ。

先頭の機関車はホームの先の先で写真は撮れない。
22時42分、列車は札幌に向け定刻に発車した。車内はさすがに満席。僕も自分の席へと向かう。先客はすでに席に座っていた。通路側の席に座るその人は非常に大柄な人だった。網棚はすでに占拠されているので仕方なくザックを足元に置く。横の人も大きいので非常に窮屈。これから歯磨き、函館での機関車付け替え、苫小牧での下車と3回も前を通してもらうために「すみませ~ん」を繰り返さねばならない。当然席に戻るときにも同様だ。少々気が重い。とりあえず歯磨きのため1回目の「すみませ~ん」を発動した。
歯磨きをしていると列車が停車。暗くてよく見えないがどこぞの駅か信号場だろう。結露でよく見えない窓の外を見ていたらカシオペアが通過。トワイライトと北斗星には乗ったから次はカシオペアにも乗ってみたいもんだ。
席に戻る。明日は早朝5時01分に苫小牧で降りなければならない。で、その前に函館でも降りねばならない。というわけで目隠しにタオルを巻き、耳は耳栓でふさぎ眠ることにした。
22時32分発の弘前行きを見送り、22時33分青森行きの列車は定刻に発車。これなら問題なくはまなすに乗り継げるだろう。まぁ少々遅れてもはまなすは出発を遅らせるだろうけど。
話を戻す。そういう事情で今ははまなすの写真が一切残っていない。しかも新幹線が新函館まで伸びればこのはまなすはおそらく廃止になると思われるので今のうちに写真を撮っておかなければならないのだ。
先頭の機関車はホームの先の先で写真は撮れない。
22時42分、列車は札幌に向け定刻に発車した。車内はさすがに満席。僕も自分の席へと向かう。先客はすでに席に座っていた。通路側の席に座るその人は非常に大柄な人だった。網棚はすでに占拠されているので仕方なくザックを足元に置く。横の人も大きいので非常に窮屈。これから歯磨き、函館での機関車付け替え、苫小牧での下車と3回も前を通してもらうために「すみませ~ん」を繰り返さねばならない。当然席に戻るときにも同様だ。少々気が重い。とりあえず歯磨きのため1回目の「すみませ~ん」を発動した。
歯磨きをしていると列車が停車。暗くてよく見えないがどこぞの駅か信号場だろう。結露でよく見えない窓の外を見ていたらカシオペアが通過。トワイライトと北斗星には乗ったから次はカシオペアにも乗ってみたいもんだ。
席に戻る。明日は早朝5時01分に苫小牧で降りなければならない。で、その前に函館でも降りねばならない。というわけで目隠しにタオルを巻き、耳は耳栓でふさぎ眠ることにした。
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駅前をぶらぶらし残った時間は待合室で過ごす。ここ小牛田では一つの思い出がある。乗り潰しをしていた大学生の頃。陸羽東線を乗り潰し停車していた一ノ関行きの列車に乗車していた。発車時間になっても止まったままなので「おかしいなぁ」と席を立ってみると、なんと4両編成だった列車が2両編成になっている。一瞬事態が呑み込めなかったけど4両編成で来た列車がここで返しの仙台方面と北上する一ノ関行きとに切り離されていたのである。このときは唖然とした。車内放送もあったのかもしれないけど昼下がりの乗客の少ない時間帯。僕がぼーっとしていただけだったのかもしれないけど全く気付かなかった。ちなみにそのあとは夕方に盛岡に到着し、そこから先は花輪線、奥羽線経由で青森に向かい函館からは快速ミッドナイトに乗り継いだ・・・と思う。ひょっとしたら青森の駅前のバス停で野宿した時かもしれん。津軽線乗り潰しのために。その辺の記憶はあいまい・・・。
18時26分、仙台からの一ノ関行きが到着。
雨が降ってます
18時33分発車。ここから先は何度も乗ってる区間であり天下の東北本線のの仙台近郊ということで正直旅情は薄い・・・。ロングシートの座席に加え暗くて外も見えないので寝たり持参の水曜どうでしょうを見たりして過ごす。
19時21分、一ノ関到着。多少雪増えてきた。これはこれから乗る盛岡行き。
こちらは20時02分発、大船渡線気仙沼行き。
19時32分、盛岡行き発車。しばらくして顔を上げるとえらい雪が積もってる。さすが雪国岩手。しかし最近はしっかりと雪が降るな。昔とかってけっこう雪の降らない年末とかあったぞ。函館まで行っても積雪が一切ない年もあった。
21時27分、東京からのはやて・こまち39号が到着。
はやての方はE5系である。いやーオーラが出てるというかかっこいいねぇ。このメタリックなグリーンのカラーリング、すげーな。
しっかり連結されてます。
当然ながら自動で連結器も閉じます。
窓の外を眺めながら今日一日目で見たことを回想する。当初は行くか行くまいか迷っていたけど今回ここを訪れてよかったと思う。理屈なしにとにかくよかったと思う。そして17時51分、小牛田に到着した。これからは北海道へと北上していく。
15時28分、代行バスの女川駅に戻る。
ふと気づくとここはミヤコーバスのバス停でもあった。「どんなもんじゃい」と時刻表を見ると次のバスは15時30分の石巻駅行き。2分後である。「なにを~!!」
JRの代行バスならば僕の持っている北海道&東日本パスで乗れる。しかしミヤコーバスだと運賃を払わなければならない。代行バスは16時15分発。もし15時30分発のこのバスに乗ったとしてその先はどうなるのか??石巻までは先行できるとして結果的にあとから来た代行バスに追いつかれることになれば乗る意味はないな。時刻表を開いて調べたいけどあいにくバックパックの下の方に入れてしまっている。そうこうしてるうちにバスがやってきた。「うわ~どうしよ??」
結局乗るのをやめてしまった。運転手氏は「乗るの?乗らないの?」という雰囲気だったので僕の方も「乗りませんビーム」を出した。
バスが行ってしまってからプレハブ小屋のようなバスの待合所に入る。雨が降っているのでこれはありがたい。屋根を打つ雨音を聞きながら時刻表を取り出し確認する。先ほどのバスに乗っていたらどうなっていたか。結論的には「乗っときゃよかった~」
今回この女川を訪れるにあたりいつもは使うことがない新幹線を利用する。盛岡から新青森間だ。運賃・料金で6000円弱もかかる。貧乏旅の僕的にはかなり大きな出費だ。ただこうしないとこの日のはまなすに乗り継げないしその金を払ってでもここに来たいと思った。
で、話を戻す。もしこのバスに乗っていれば予定よりも1本早い石巻線に乗り継ぐことができ盛岡からの新幹線も新青森までではなく八戸で下車してもはまなすに間に合う。もしそのまま新青森まで乗り通せばはまなすを入線から出発まで悠々と満喫することも出来た。バスで石巻までいくらかかるのか知らないけど少なくとも盛岡ー新青森間を乗り通すよりは八戸で下車した方がトータルで安くなるだろうな。いやーやっちまったな~。つーかおかせいで飯も食えなかったしミヤコーバスにも乗らなかった。結局地元にびた一文落とさなかった。乗り継ぎがどうとかせこいこと考えずに乗っときゃよかったなー。
そして周囲が暗くなり始めた16時15分、JRの代行バスに乗車。女川を出発した時には僕を含めて2人の乗客しかいなかったけど終着の渡波駅に到着した時には10人程度になっていた。石巻線。やはり地元の足として必要だ。早期の復旧が実現するようここから願った。

がんばれ!石巻線
JRの代行バスならば僕の持っている北海道&東日本パスで乗れる。しかしミヤコーバスだと運賃を払わなければならない。代行バスは16時15分発。もし15時30分発のこのバスに乗ったとしてその先はどうなるのか??石巻までは先行できるとして結果的にあとから来た代行バスに追いつかれることになれば乗る意味はないな。時刻表を開いて調べたいけどあいにくバックパックの下の方に入れてしまっている。そうこうしてるうちにバスがやってきた。「うわ~どうしよ??」
結局乗るのをやめてしまった。運転手氏は「乗るの?乗らないの?」という雰囲気だったので僕の方も「乗りませんビーム」を出した。
バスが行ってしまってからプレハブ小屋のようなバスの待合所に入る。雨が降っているのでこれはありがたい。屋根を打つ雨音を聞きながら時刻表を取り出し確認する。先ほどのバスに乗っていたらどうなっていたか。結論的には「乗っときゃよかった~」
今回この女川を訪れるにあたりいつもは使うことがない新幹線を利用する。盛岡から新青森間だ。運賃・料金で6000円弱もかかる。貧乏旅の僕的にはかなり大きな出費だ。ただこうしないとこの日のはまなすに乗り継げないしその金を払ってでもここに来たいと思った。
で、話を戻す。もしこのバスに乗っていれば予定よりも1本早い石巻線に乗り継ぐことができ盛岡からの新幹線も新青森までではなく八戸で下車してもはまなすに間に合う。もしそのまま新青森まで乗り通せばはまなすを入線から出発まで悠々と満喫することも出来た。バスで石巻までいくらかかるのか知らないけど少なくとも盛岡ー新青森間を乗り通すよりは八戸で下車した方がトータルで安くなるだろうな。いやーやっちまったな~。つーかおかせいで飯も食えなかったしミヤコーバスにも乗らなかった。結局地元にびた一文落とさなかった。乗り継ぎがどうとかせこいこと考えずに乗っときゃよかったなー。
がんばれ!石巻線
僕は代行バスの女川駅の場所に関して疑問を持っていた。なぜこんな山の上に停留所を置くことにしたのか。
当初、家でバス停の位置を確認していた時のこと。他のバス停は本来の駅に近いところを停留所としているのに女川だけは女川駅を通り過ぎかなり離れた坂の上(山の上?)に置かれている。しかしそれは実際に来てみてよくわかった。ここには大規模な仮設住宅群があるのだ。坂の下にあった女川の中心部、女川駅周辺はすべて津波で流されて住宅は一切ない。誰もいないところにバス停を作るよりも多くの人が住むこの場所にバス停を設置する方が理にかなっている。
仮設住宅は運動公園内の競技場の中に建てられていた。僕は仮設住宅というものを初めて見たんだけど2階建てのものもあれば3階建てのものもある。テレビでよく見る平屋建ての仮設住宅とは何だか雰囲気が違う。団地、もしくはアパートのように見える。

仮設住宅をあとにし坂を下っていく。がれきは大方片づけられおり、遠目にはエリア全体が造成地のようにも見える。しかし実際現場を歩いてみるとやはり津波の爪痕が色濃く残る。僕自身、わずかな時間ながらこの女川駅で下車し駅前を歩いた時の記憶があるので非常にショッキングな光景だ。恐ろしさも感じる。

女川港方面をのぞむ。この区画のどこかに女川駅があった。今はもう跡形もない。

言葉が出ない。ただただ「頑張れ、頑張れ。」と思った。

コンクリートの建物が根っこの部分ごとひっくり返っている。この建物は女川交番。
これも根
元からひっくり返っている。地盤が下がったのか海水につかっている。

・・・・・。

言葉が出ん。
「がんばる女川」の文字には地元の人の底力というか文字通りの「がんばろう」という力強さを感じる。この地に再びみんなの生活が戻ることを切に願う。
そして女川での目的地へと向かうことにする。全県ランにも登場したお寿司や海鮮丼のお店「おかせい」だ。
「今日の昼食は女川のおかせいで食べる。地元のおいしい海の幸を食べるんだ。」と楽しみにしていた。

なにか看板が立ってるなと思い近づいてみるとなんと件のおかせいの看板であった。
海岸に沿ってお店を目指して歩く。その途中で見たのが「こんなところにあっちゃだめだろう」という水たまり。明らかに海水っぽい水たまりが何か所あった。それは岸壁の脇であったり海から少し離れたところにあった。よく見ると地面から水が湧き出している。たぶん潮の満ち引きの関係で水が湧き出しているんだろうけど地震の影響で地盤が下がっているのかもしれない。

岸壁の脇にも。
そしておかせいに到着。時刻は14時53分。混雑するのは嫌なのでこの時間に到着できて好都合。「空いてておくれ~」と思いながら入口に近づくと「ん??」
何やら看板が・・・

げっ、マジかよ!!
遠路はるばる川西からやってきたというのになんという結末。「そんなぁ~」って感じである。ただ、いま見ると「持ち帰り予約はできます」って書いてある。「持ち帰りの予約」ができるのか「持ち帰り」と来年の席か何かの「予約」ができるのかよくわからんがこのときは「本日終了いたしました」の文字しか目に入らなかった。そしてとぼとぼと山の上にある停留所の女川駅へと引き返していった。

医療センター方面を望む。

町の姿はこんなになってもみんなこの町を愛している。

バス停に戻る途中に見つけた。懐かしい。僕が高校生くらいの時のだな。おそらく持ち主は僕と同世代の人だと思われる。大丈夫だったんだろうか?無事であってほしいとつとに思った。
津波はこの奥の墓地の上まで列車を押し流した。

負けるな!
当初、家でバス停の位置を確認していた時のこと。他のバス停は本来の駅に近いところを停留所としているのに女川だけは女川駅を通り過ぎかなり離れた坂の上(山の上?)に置かれている。しかしそれは実際に来てみてよくわかった。ここには大規模な仮設住宅群があるのだ。坂の下にあった女川の中心部、女川駅周辺はすべて津波で流されて住宅は一切ない。誰もいないところにバス停を作るよりも多くの人が住むこの場所にバス停を設置する方が理にかなっている。
仮設住宅をあとにし坂を下っていく。がれきは大方片づけられおり、遠目にはエリア全体が造成地のようにも見える。しかし実際現場を歩いてみるとやはり津波の爪痕が色濃く残る。僕自身、わずかな時間ながらこの女川駅で下車し駅前を歩いた時の記憶があるので非常にショッキングな光景だ。恐ろしさも感じる。
女川港方面をのぞむ。この区画のどこかに女川駅があった。今はもう跡形もない。
言葉が出ない。ただただ「頑張れ、頑張れ。」と思った。
コンクリートの建物が根っこの部分ごとひっくり返っている。この建物は女川交番。
これも根
・・・・・。
言葉が出ん。
そして女川での目的地へと向かうことにする。全県ランにも登場したお寿司や海鮮丼のお店「おかせい」だ。
「今日の昼食は女川のおかせいで食べる。地元のおいしい海の幸を食べるんだ。」と楽しみにしていた。
なにか看板が立ってるなと思い近づいてみるとなんと件のおかせいの看板であった。
岸壁の脇にも。
何やら看板が・・・
げっ、マジかよ!!
遠路はるばる川西からやってきたというのになんという結末。「そんなぁ~」って感じである。ただ、いま見ると「持ち帰り予約はできます」って書いてある。「持ち帰りの予約」ができるのか「持ち帰り」と来年の席か何かの「予約」ができるのかよくわからんがこのときは「本日終了いたしました」の文字しか目に入らなかった。そしてとぼとぼと山の上にある停留所の女川駅へと引き返していった。
医療センター方面を望む。
町の姿はこんなになってもみんなこの町を愛している。
バス停に戻る途中に見つけた。懐かしい。僕が高校生くらいの時のだな。おそらく持ち主は僕と同世代の人だと思われる。大丈夫だったんだろうか?無事であってほしいとつとに思った。
負けるな!
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プロフィール
HN:
としぷー
年齢:
48
性別:
男性
誕生日:
1977/09/23
職業:
さらりーまん
趣味:
登山 自転車 旅 鉄道
自己紹介:
登山、ロードバイク、一人旅が趣味の37歳。メタボの泥沼からなかなか脱出できないがそれは自分の意志の弱さだとようやく気がついた。最近は「食べるな動け!!」をモットーに脱メタボを目指す。
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