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2008年12月23日
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大丸まで下りてきた。ここの土産物屋でコレクションしている登山バッチを買い求める。今回は登頂してないけどとりあえず買う。このパターンの山は3つある。木曽駒に登った時に買った空木岳と八ヶ岳の赤岳に登った時に買った阿弥陀岳、後は積雪期に2度チャレンジし結局未だ登頂していない富士山だ。ちなみに以前には立山に登った時に買った剣岳と槍ヶ岳に登った時に買った蝶ヶ岳があったけどすでにこれらは片付けた。
お店のおばさんと少し話をした。昨日は誰も山に入っておらず今日も僕以外は入っていないとの事。それと10日ほど前、三本槍に向かった単独の人が行方不明になってまだ出てきていないらしい。その日も今日と同じくらい天気が良かったそうだ。那須岳だって遭難するときは遭難する。山は決してなめてはいけない。
06dc2936.jpeg店を出て宿まで下る。途中で上空をヘリが通過していった。赤い色をした民間ヘリじゃなさげなヘリ。防災ヘリか??
宿に戻り自分の部屋へ向かう。時刻は12時過ぎ。着替えを済ませテレビをつける。時間が経つたびにどんどんひどい映像が入ってくる。昨日の今頃は日光で観光をしていた。たった1日で日本がこんなことになるなんて信じられなかった。
13時過ぎ。そろそろ明日の計画を考える。今夜の名古屋行きの高速バスはあきらめたので明日は一日かけて東北線、東海道線で家に帰ろうと思っていた。しかし僕は自分のおかれている状況に全く気付いていなかった。そろそろ動いているだろうと思っていたJRは全く動いていなかった。
なぜか部屋ではケータイが繋がらないのでフロントに下り、使い放題になった公衆電話で那須塩原の駅に電話する。「いつごろ電車動きそうですか?」 
駅員氏「線路や駅舎が損傷しているので復旧のめどは全くたっておりません。明日??この状況なので明日、明後日の話にはならないと思います」  全く間抜けな質問だった。駅員氏の言葉で今の状況をやっと把握する。自分が今いる場所が余震でぐらぐら揺れること以外に震災いの影響を全く受けていないのでまさか麓の那須塩原までえらいことになってるとは全く思っていなかった。フロントでJR以外で東京に行くルートを聞くと西那須駅から東京に向けて高速バスが出ていると教えてくれた。早速バス会社に電話する。すると「東京方面のバスはすべて運休です。」との答えが返ってきた。東北自動車道も通行止めになっているらしい。これはまずい。再びフロントでレンタカー会社に電話してもらった。4社ほど確認してもらったが全て貸し出し不可。この状況なので一気に人々が殺到していていつ貸せる状況になるのか全く分からないという答えだった。これは暢気に山なんか登っている状況ではなかった。フロントでタクシーで東京に向かうとどれくらいかかるか聞くとタクシーの料金表みたいなのを見せてくれた。すると羽田空港まで5万円・・・払えるかそんな金!!!先ほど那須塩原の駅に電話した時「ひょっとしたら夕方から宇都宮ー上野間で運行が再開されるかもしれない」と言っていたので宇都宮までの料金も見てみると2万円。どっちにしろこんな金払えん。この状況なので宇都宮に向かう国道4号は渋滞していると思われる。そうなると2万じゃ収まらんだろう。乗る気はさらさらないがもし乗らざるを得ないことになったなら乗る前に運転手氏といくらで行ってくれみたいな話をつけとかないとえらいことになりそうだ。
新幹線、在来線、高速バス、レンタカー、全てが封じられている。これはなかなか厳しいことになってきた。
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レストランで朝食をとる。本来なら6時半には登り始めようと思っていたのであきらめていた朝食だ。夕食に負けず劣らず朝食も充実している。費用対効果という点で考えると休暇村那須に泊まって大満足だ。
部屋に戻る。窓の外は早朝の吹雪から一転、太陽も出てきて空も青い。余震は続いているもののせっかくここまで来て部屋の中に引きこもっているのも何なので外に出てみようと思った。そう考えるとどんどん考えが飛躍していった。結局登山口の大丸から少し登った峠の茶屋までとりあえず上がってみようと思った。急いで身支度をする。峠の茶屋までとはいえ一応雪山なので冬山フル装備で部屋を出た。この格好で何食わぬ顔をしてフロントをスルーするわけにもいかないので一応「この辺で写真をとってきます」と言い残し宿をあとにした。
外に出ると天気は快晴だ。雪山にかぎらず山に登るときには雨、台風、吹雪など天候に恵まれなさすぎる登山人生だったので「なんでこんな時に・・・」と青空をうらめしく思いながら歩く。
とはいえ僕は思っていた。「峠の茶屋と言わず行けるとこまで行ってやろう。なんなら茶臼岳を登頂してやろう」と。
嫁にも親にも宿の人にも「登りません」と言いながら頭の中は完全に上を目指していた。ここはもともと風の強い山で上まで登ると積雪は少ないと思われる。岩場や鎖場などの危険個所も無く地形図を見る限りでは雪崩そうなところもなさそうに見える。
大丸に着きトイレの横から登り始める。トレースをたどり車道に出た。本来ならば車道を横断しそのまま林の中を登っていくのだがトレースはついていない。一人だし無駄にラッセルして体力を消耗することもないだろうと遠回りだけど車道を歩くことにした。ロープウェイの山麓駅に到着。しかしここから先には除雪もされておらず全くトレースもついていない。「んんん???」
大丸には車も停まっていたし天気もいいので地震があったとはいえ一人くらいは山に入っていると思った。しかしこの状況を見る限り確実に誰も山に入っていない。今朝まで吹雪いていたとはいえこの状況から見ると2,3日誰も入っていないのではないかと思われた。一気に不安が頭をよぎる。姿は見えなくとも他に登っている人がいるのが分かっていれば安心だ。しかし僕以外にこの山域に足を踏み入れている人間が誰もいないという事実は一気に僕の緊張感を高めた。宿には写真を撮りに行くと伝えている。写真を撮りに行くと言って出掛けた33歳の男性が行方不明・・・ありがちな遭難パターンだ。山には登らないといいながらしっかり登ちゃってるし・・・。これで遭難でもかましたら各方面から非難轟々だ。
嫁にも「絶対登るな」と言われながら約束を破って登ってるし。これで遭難騒ぎでも起こそうもんなら元々薄い信頼関係が一気に崩れて離婚の危機だ。
そこで僕が下した結論。「注意して登ろう」   完全に頭がどうかしている。頭では下りるべきだと分かっている。でもそれ以上に色んな感情が勝って足を先へと進ませる。2か月前から計画してきた。会社も休んだ。お金も時間もかけてここまでやってきた。そして何よりこの快晴だ。このチャンスを逃したら次はもう無いかもしれない。そんな思いが僕を先へと進ませる。
ここから一人ラッセルが始まった。太ももまでの新雪のラッセル。雪山を登ってるんだなぁという実感がわいてb3d126fe.jpegくる。後ろを振り返る。誰も追ってこない。ただただ僕の付けたトレースが続いているだけだ。
ラッセルを続けて峠の茶屋に到着。快晴の空のもと、朝日岳が大きくそびえる。ここにいるのは僕一人だけだ。他には誰もいない。ここから先は本格的な雪山登山になる。予想以上に積雪もありずいぶんと体が雪に沈む。全然雪が締まっていない。ワカンを持ってくればよかったと思った。
そして僕はここで引き返すことにした。宿の人や嫁のことを考えるととても悪いことをしているような気がして正直気が重かった。GPSを持っているから道迷いは無いと思う。しかしこの状況で何か起こした時のリスクを天秤にかけるとここらが潮時かなと。ここまでは困難も無くいつも通りの山登りだった。時々地面がぐらぐら揺れること以外は。
7037a137.jpegすぐに下りるのはもったいないのでしばらくその場でのんびりした。30分くらいか。こんなに空は青くて山はきれいなのに下界では地震でとんでもないことになっている。なんだか嘘みたいだ。
次に来る時はこんなにいい天気に当たらないと思う。今回は状況が悪すぎる。気持ちを切り替えて大丸へと下りて行った。
朝6時。予報では晴れるようなことをいってはいたけど外は吹雪いている。ケータイがほぼ繋がらないのでロビーに下りた。公衆電話が無料で使えるようになっていたので使わせてもらった。まずは嫁。昨日地震の直後にメールして以来だ。まず僕の無事と今いる環境を説明した。珍しく本気で心配している。山に登るかどうか考えていると話すと本気で怒られた。とにかく早く無事に帰って来いと言われたので山は登らないと言って電話を切った。次に親にも電話して同じような話をした。当初の予定では朝から茶臼岳に登りその日のうちに下山後、那須塩原まで下りて電車で横浜に向かい中学からの友人ワダと飲んでそのあと夜行バスで名古屋へ。翌朝は名古屋から関西線から紀勢線に乗り継ぎ夜遅くに川西に戻る予定だった。しかしこんなことになったのでこの予定はすべてキャンセル。この状況なので下手に麓におりるよりもここにとどまった方が賢明だと判断し早々にもう一泊する手続きをとった。フロントには昨日山に登るのはやめた方がいいと言っていた人で僕が「山登るのやめますわ」というと「その方がいいと思います」との答えが返ってきた。
部屋に戻りテレビを見る。一夜あけると昨夜映像の入ってこなかった地域の様子が映されていた。この世の終わりのような景色が広がっている。もう無茶苦茶だ。
気が滅入ってきたので朝食に出かけた。

DSCF6736.JPGテレビに映し出されるただただ凄まじい惨状に絶句する。しばらくテレビの画面にくぎ付けとなったが一度外に出た。いろいろ思うところもあり気持ちの整理が出来ない。とりあえず登山口の大丸まで歩いてみる。歩きながら考える。「下界がこんなことになってるのに山になんか登ってる場合ではないんじゃないのか??]  そう考える一方で「わざわざ時間と金をかけてここまで来たんじゃないか。2か月前から計画してここまで来て登らないなんて。今回登らなかったら次に登るチャンスはあるのか??」
自分の中でこんな時に登山をすることが不謹慎ではないかという思いと、ここまで来て登らずに帰ることが率直に受け入れられない思いとが交錯する。風はあるけど日は出ている。明日の天候は晴れだ。
大丸の登山口まで往復し宿に戻る。気が引ける部分は大いにあるがここまで来た以上はやはり登ろうという思った。再びテレビをつけるが東北、関東共にとんでもないことになっている。関東、仙台、相馬、八戸の映像は入ってくるがその他のエリアの映像は入ってきていない。ただとんでもなくひどい状態だとの話は入ってくる。映像で見ると八戸もひどいが相馬の映像には何がどうなってこんなことになったのか全く僕の理解を越えている。元はどうだったのか、どこまでが海でどこまでが陸なのか。ほんの1時間半前まではいつもと変わらない日常がそこにはあったはずなのに。
気持ちが沈み精神的にちょっと滅入ってきたので現実から目をそむけ2日ぶりの風呂へと向かった。その後レストランへと向かう。レストランで僕を案内してくれたのはチェックインの受付をしてくれた人だった。その彼は「ほんとに明日山に登るんですか?」と聞いてきた。彼はチェックインの時にも「こんな状況ですから山はお勧めできないですねぇ」と言っていた。
「余震も続いてますし、私には何か悪いイメージしか浮かんできません・・・。」  彼のこの言葉を直訳すると「山には登るな」ということになるのだろう。彼の言うことはもっともだし自分でもそのことには気づいている。しかしそのことを素直に受け入れられない自分がいる事も確かだ。「一応登る気ではいます。兵庫からきてますし次来れるかどうかは分からないので・・・」と答えた。   
「山は逃げない」という言葉がある。冷静な時にこの言葉を聞けば「また次のチャンスを待とう」ということになるのだけど実際に自分が登る・登らないの選択を迫られた時には「それでもなんとか登りたい」という気持ちに苛まれる。こんな時に強行すると遭難したりするんだろうな。これまで実際に登り始めて引き返したことは何度となくある。11月と4月の大荒れの富士山、立山から薬師への縦走の途中に大雨の中たどり着いた五色ヶ原、登山を始めた頃に装備も経験もまったく足りていない状況での3月の石鎚山など。ただこれらの場合は悪天候などで現実問題として「これ以上は無理」というところまできての撤退だった。天候自体は問題ない状況での撤退はなんともやりきれない。ただ明日の朝まではまだ時間がある。とりあえず結論は先延ばしにして食事をとることにした。

DSC_3474.JPG宇都宮で日光線に乗り換える。日光線乗るのは11年ぶりだ。前回は完全に乗り潰しの一環だったので観光はせずに駅の前をちょろっと歩いただけですぐに引き返した。記憶といえばJRの日光駅よりも東武の日光駅の方が立派だったということしか憶えていない。
宇都宮発9:57分の列車に乗車。列車は4両もつないでいるけど中はガラガラだ。鶴田までは住宅地を走るがその後は田畑、林、駅の近くだけ住宅地というようなパターンで風景が変わる。しかしこの日光線、駅間が非常8ec531b4.jpegに長い。宇都宮ー日光間、40キロ余りの間にある駅は宇都宮、日光を入れて7駅。これは長い。
田畑・林・住宅地という風景を繰り返し、10:42分、列車は終点の日光に到着。ガラガラかと思っていたけど後ろの方の車両にはそれなりに乗客はいた。外国人多し。
日光についたものの日光の知識はほとんどない。中禅寺湖やいろは坂などは駅から歩いて行ける距離ではないというのは知っている。あと日光といえば東4e621217.jpeg照宮。これもどの辺にあるのかさっぱり分からなかったけど駅においてあるパンフレットによれば歩いて行けそうだ。駅の外に出る。外にある観光案内図を眺めていると工事現場のおっちゃんが話しかけてきた。東照宮に行きたいというと「歩いて30分くらいかかるよ」と言われた。戻りの列車は12:26分発。残された時間は1時間10b7c62f.jpeg半ほどだ。東照宮に向けて歩く。前方に大きな山が見える。位置と形から見て男体山かな。東照宮へ続く道も観光地らしい景観を見せている。東照宮への入り口の手前に神橋という赤い橋がかかっていた。まったく知らん橋だけど扱いがなんとも丁重なのでなんか有名な橋かもしれん。
東照宮への階段の登り進んでいく。すると目の前にでっかい建物が目に飛び込んできた。「おぉっ!!」と思ったけど輪王寺の「絵」であった。ちょうどこの輪王寺は本堂の工事中で外観をすっぽりとシェルターみたいなのDSC_3485.JPGに覆われていてそこに原寸大っぽい輪王寺の門の画が描かれていた。ここにきて知ったんだけどこのエリアには東照宮だけがあるのではなく色んなお寺が集まっているようだ。で、これらを見るにはお金を払わなくてはいけなくて金1300円也が必要だ。高い。正直神社仏閣にはまったく興味はないので一瞬迷ったがここまで来て東照宮を見ずに帰るのもいかがなものかと思い,金1300円也を払い参拝することにした。
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1977/09/23
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さらりーまん
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登山 自転車 旅 鉄道
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登山、ロードバイク、一人旅が趣味の37歳。メタボの泥沼からなかなか脱出できないがそれは自分の意志の弱さだとようやく気がついた。最近は「食べるな動け!!」をモットーに脱メタボを目指す。
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