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2008年12月23日
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2週間遅れながらGWの事を。4月30日。この日は車で会社に行った。仕事終わってからそのまま愛媛の石鎚山に向かうためだ。今回は石鎚山に登ってから広島の実家に行く予定。この日仕事はうまい具合に定時で終了。しかし仕事中一つ忘れ物に気付いた。コンタクトレンズだ。今回は実家に戻った時にロードに乗りまくろうと思っていたので愛車のコルナゴ・ARTEを積んできていた。当然ロードに乗るときはサングラスをかけるためにいつものメガネからコンタクトに変える。せっかく川西から神戸の会社まで車で来たのにコンタクトのためだけに戻るのはホントにばかばかしい。電車で往復した方が早いのか??それとも今回はあきらめてメガネで乗るか??なんて事を考えながら仕事をしていた。結局「あほらし~&時間もったいねー」と思いながらいったん川西まで帰る。飯食って風呂入って家を出たのが20時過ぎ。かなりの時間のロスだ。渋滞にビビりながらも宝塚から高速に乗る。しかし道は全然混んでない。ラッキーだ。順調に進み明石海峡大橋を渡る。もし会社から直に向かっていたとしたら実に4時間近く遅れての通過だ。淡路側から渡っていれば街の明かりがきれいなんだろうけど神戸側から渡っていると前方は真っ暗だ。ハイウェイオアシスの明かりを除いては。しかし橋はでかくて迫力がある。まぁ今回渡るのは3回目なんで大した感動はなかったけど。道の方はここでも全く渋滞しておらず順調に飛ばし鳴門大橋に差し掛かる。この橋は僕が小学校の時からある橋だ。今回初めて渡ったけど何とも地味でちっこい橋だった。四国に入りいったん高速を降りる。愛媛に行くのに高松道は遠回りなのでしばらく一般道を走り徳島道に入る。いったん高速を降りた分お金的には損かもしれないけど時間とガス代考えたらこの選択で正解だと思う。マイカーで四国を走るのは初めてだ。レンタカーなら7年ほど前に八幡浜から佐田岬までは行った事はあるけど。四国内も全然渋滞はなく順調に走り続け22:45分、今夜のお宿(つーか車中泊です)石鎚山サービスエリアに到着した。
 

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関門トンネルをくぐり下関に到着。とうとう本州に戻ってきた。ここからは山口・広島・岡山・兵庫を端から端まで走りぬく長い長い退屈な(?)行程だ。しかし今回は天気もいいので気持ちはいい。昼寝するにはもってこいの日和だ。春うららの山陽路の景色を眺めながら居眠りする。贅沢な時間だ。新山口・徳山と主要駅を通過していく。11分停車した徳山を出発した時にふと思った。「久々に岩徳線乗ろうかな・・・」。徳山は出てしまったけど線路が分かれるのは次の櫛ケ浜だ。あわてて時刻表をくる。しかし岩徳線の列車はこの11分停車の間に出発してしまっていた。無念・・・。まぁ悔んでもしょうがないので再び寝に入る。この列車は白市行きだけど宮島口で途中下車。後ろから来る岩国発の糸崎行きに乗り継ぐためだ。宮島口ではあなご飯を買おうかと思ってたんだけど金がないのであきらめてセブンイレブンでコンビニ弁当。その後広電の宮島線を眺めながら広島に到着。そのあと列車からズームズームスタジアムを初めて見た。線路からホント近いなー。さすが元貨物駅跡。その後再び寝に入り糸崎乗り換え。尾道、福山、倉敷と主要どころを通過し岡山到着。ここからは久々に乗る新幹線。一駅だけだったけどちょっぴりリッチな気分を味わい相生へ。ここからは新快速で尼崎を目指す。ここまで来るとほとんど帰ってきたようなもんだ。あと数十分で三宮に到着する。そうなればいつもの通勤と同じだ。そんな感じで2泊3日の九州への旅は幕を閉じた。
日田の駅前でぶらぶらした後、今度は9:37発の日田彦山線で田川後藤寺を目指す。眠いので寝る。睡眠時間は一昨日3時間、昨日(つーか乗り続けてるから今日か・・・)は3時間弱。だいぶ疲れもたまってきた。しかし列車に揺られながら眠るのは気持ちいい。さっきの列車にいたかぶりつきの鉄はいなくなった。音鉄のほうは引き続き乗ってる。田川後藤寺着。列車はここで30分ほど停車する。僕はここで日田彦山線に別れを告げ後藤寺線に乗り継ぐ。時間があるので駅前をブラブラする。まぁ思い込みも多少あるかもしれないけどこの筑豊エリア、結構あらくれもんが多い。前回来た時も後藤寺の駅の待合室は昼間っからカップ酒で酔っぱらってるおっちゃん軍団のたまり場と化していて平成筑豊鉄道の窓口のおばちゃんが絡まれていた。しかし今回は平成筑豊電鉄の窓口は閉まっていた。週一回、火曜日だけの営業に変更されていた。平成筑豊鉄道のホームではがらの悪い女の子3人が座り込んで何やらやっている。もう男も女もあったもんじゃないなぁ。僕の待つホームに後藤寺線の列車が入線。1両ながら乗車率は7~8割ほど。列車は動きだし次の駅船尾を目指す。時間に余裕があったならこの船尾で途中下車したかった。麻生セメントの工場の中にあると言っていいほどのすごいところに駅があり以前来た時には駅全体が石灰(?)で白っぽく覆われれいるような感じだった。しかし今回は駅の雰囲気が少し変わっていた。以前あった駅舎は取り壊されてガランとしておりホームには小さな屋根の付いたベンチが置かれてた。古い駅舎がいい味を出していたので非常に寂しい感じがした。船尾の駅を出発。工場の中を走っているようなすごい光景だ。右手にはセメント工場内を走るダンプカーと並走する。1台だけかと思ったら4台もいた。工場の専用引き込み線でもないのにこんな光景はやっぱここでしか見れない。そんな楽しい後藤寺線をあっという間に走りぬけ新飯塚に到着。ここで筑豊線に乗り換える。この線は昔と違って電化されてしまっている。列車を待っている人も多くてなんだか都会の路線に飛び出してきたようだ。ここから黒崎まで乗ったんだけど電車だしつまらないかと思ったけど案外楽しかった。黒崎で小倉行きに乗り換えて進む。八幡到着。年々八幡製鉄所が小さくなっていく。駅の北側がコジマとかホテルとかに変わった姿を見るとこれまた寂しい気持ちになってしまう。戸畑にしろ門司にしろ駅の周辺の景色が昔と比べて随分と変わってきてる。時代の流れだねぇ~。小倉で九州最後の乗り換えをする。これで九州ともお別れだ。時間があれば筑豊線の折尾ー若松間でぶらぶらしたかった。まぁこれは次回に持ち越しだ。門司を離れた下関行きの列車は関門トンネルに突入した。
南宮崎から今度は延岡行き普通列車に乗り換える。鹿児島からここまで来る間に計画を変更することに決めた。翌日も普通列車を乗り継いで帰るつもりだったけど一部で新幹線をかますことにした。やはり家に着くのが1時前というのは翌日仕事を控えた30代の体的にはきつい。金はないから少ないお金で大きな効果を得るにはどこで新幹線を導入するかをいろいろ検討してみた。その結果岡山ー相生間を新幹線に切り替えることにした。2050円の投資で家に帰る時間が1時間20分早くなる。日付をまたぐとこなく帰れるというのは非常に魅力だ。列車は南宮崎・宮崎と宮崎の核心を抜け延岡へと向かう。宮崎からは結婚式帰りのグループが乗ってきて車内はにぎやかになった。うつらうつらしながら列車は終点延岡へ。ここで後から来るドリームにちりんに乗り換え。乗り換え時間を利用してトイレで歯磨き。あの後駅のスタンプを押そうとしたら一人の鉄とかちあった。その子は小倉から後は18キップでひたすら乗り続け富山まで帰るそうな。人のことは言えないけどご苦労さんなことである。ドリームにちりんではボックス席を独占。重岡とか宗太郎とか気になる区間を通るんだけど外は真っ暗で何も見えないのであきらめて寝る。停車駅で何度か目を覚ましながらも大分着。3:40分まで中にいる。宮崎からそうだったけど寒い。しかし大分まで来ると輪をかけて寒い。待合室にいくとホームレスのおっちゃんたちがたまっている。この風景は何年たっても変わらないなぁ。大分駅は現在改装中。改札の向こうに新幹線の駅のような高架のホームが見える。近いうちにこの昭和の趣を残す重厚な造りの大分駅も近代的な駅に生まれ変わるんだなぁ。なんだか少し寂しい気もする。2時間半ほど時間をつぶして新しい高架のホームに停まっている久大本線の始発列車に乗り込む。列車が動き始めるとしばらく起きていたけど南由布まで寝る。途中2人の鉄を確認。一人はガッツリかぶりついておりもう一人は音鉄。ICレコーダーでそつなく車内放送なんかを録音している。そんなふうに周りを観察しつつ湯布院の町から立ち上る温泉の煙なんかも見ながらさらに豊後森のガラスのバリバリに破れた機関庫も確認しながら最終的にはマジ寝状態に陥り日田で運転士さんに起こされた。まぁそこそこ充実していた久大本線の旅であった。
鹿児島中央発19:41の南宮崎行きはキハ40系だ。この区間をDCで走り通すのはこの列車だけだ。名残惜しい鹿児島中央を離れ、鹿児島を過ぎ竜ヶ水にやってきた。出来れば明るい時間帯にここにやってきたかった。3分停車だけど車内は結構込み合っていて動きにくかったのでおとなしく座席に座っていた。列車はさらに進み隼人、国分でかなりの乗客が下車した。国分できりしま16号に追い抜かされた後、霧島神宮へ向け山越えに挑む。厳しい上りに差し掛かると列車のスピードは一気に落ちる。函館線の山線を走っているようだ。エンジンは唸りを上げているがどんどんスピードは落ちていく。今にも止まってしまいそうだ。なんだかロードで六甲山を登っている僕みたいだ。そんな事を思っていると何だか様子がおかしい。エンジンは唸りを上げているのに全然進まない。そうこうしているうちにとうとう止まってしまった。「ほんとにおかしいな。なんだこの違和感は??」と思っているとなんと列車がずるずると後ろに下がり始めた。「え??おいおいこりゃやばいぞ」。エンジンは唸るが前に進まず、重力に負けて後ろに下がっていく。自動車学校時代の坂道発進的な感じだ。あわてて車掌が先頭車へと向かっていった。なんだかわくわくするけどちょっと身の危険も感じる。このまま後ろに下がって行ったら三浦綾子の塩狩峠みたいになってしまうではないか。しばらく登っては下がるというのを繰り返した後、列車は唸り声をあげプルプル震えながらゆっくりゆっくり坂を登っていく。しばらくすると車掌が戻ってきた。「風が強くてレールに積もった落ち葉が原因で車輪が空転してた」とのこと。鉄道旅行歴16年を数えるけどこんなことは初めてだった。時刻表を眺めると電車だと国分ー霧島神宮間の所要時間はだいたい12,3分。ところがこのDCだとなんと22分!!ただでさえDCにはこの山越えは厳しいみたいだ。結局霧島神宮には数分遅れて到着した。霧島神宮を出発してからしばらくするとうつらうつらとまどろんでいた。気がつくと列車は西都城へ。真っ暗闇が続いていた車窓に都城の街の明かりが飛び込んでくる。栄えてるなぁ都城は。その都城の市街地を抜け再び暗闇へと突っ込んでゆく。再び街の明かりが見え始めると終点、南宮崎へと到着した。
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としぷー
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性別:
男性
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1977/09/23
職業:
さらりーまん
趣味:
登山 自転車 旅 鉄道
自己紹介:
登山、ロードバイク、一人旅が趣味の37歳。メタボの泥沼からなかなか脱出できないがそれは自分の意志の弱さだとようやく気がついた。最近は「食べるな動け!!」をモットーに脱メタボを目指す。
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